【毎日新聞記事 R3.9.6】御坂サイフォン橋 国内初導入の技術で淡山疎水の一部支える
2021年09月06日
兵庫県三木市志染町の田園地帯を流れる志染川に変わった橋が架かっている。御坂(みさか)サイフォン橋という名の水路橋だ。二つのアーチが連なる姿から「眼鏡橋」の愛称で親しまれている。併走する新旧の水路橋2本が一体化。古い方は、日本の近代水道の先駆け、横浜水道を手掛けた英国人技師ヘンリー・パーマーの設計により1891年に建設された。サイフォンは、「U」字のように高所→低所→高所と鋼管の中の水を流す仕組み。国内の水路では、この橋で初めて導入された技術だ。
橋は神戸市北区から稲美町へ農業用水を運ぶ淡山疎水の一部をなす。稲美町などに広がる印南野台地は、かねてから水不足に悩まされ、江戸中期から疎水が構想された。明治維新後に西洋の技術を導入し、淡河川(現神戸市北区)から水を引く農業用水事業が実現した。
サイフォン橋が架けられた御坂では、北側の台地から57メートルの落差を水が下って平地を180メートルを水平移動。途中に長さ52メートルのこの橋がある。水は勢いを保って南の台地の54メートルを駆け登る。北と南で2.7メートルの高低差があるが、水は自然に流れ続ける。3代目となる新橋は今も水を供給している。淡山疎水は世界かんがい施設遺産に登録されている。
淡山疎水は印南野台地の風景を変えた。疎水完成後、新田開発のために多くのため池が作られた。この地域の水利に詳しい東播用水土地改良区(三木市)の福田信幸専務理事は「田畑と山、人家は各地で見られる田園風景だが、ここでは大小さまざまなため池が景観の質を違ったものにした。ため池は人々の生活にも密着している」と話す。県内最大、49ヘクタールもある加古大池(稲美町)では、ボートやカヌー、ウインドサーフィンが楽しめる。福田さんも子供の頃、ため池で泳いで遊んだという。【大川泰弘】
(注)「そすい」は通常「疏水」の漢字を使いますが、新聞の原文どおり「疎水」としています。