地域のため池を探ろう!

地域のため池を探ろう!

昭和池

2021年04月22日

(一) 所在地 加東市社町山口(旧福田村三草山)

(二) 型式と規模
   型式 中心刃金式土堰堤
   堤高 205.0m
   堤長 29.0m
   満水面積 14.7ha
   貯水量 1,500,000m3
   (注、ため池の諸元は県ため池台帳による)

(三) かんがい地域とその面積
 加東市社町の内279ha、滝野町の内172ha計451haの水田(注、現況)

(四) 築造の経緯
 昭和池は昭和3年9月、県営事業として着工され、同9年3月に完成した土堰堤である。本池築造の経緯について、池畔に建てられている記念碑の碑文と古文書から紹介する。
 関係地域は加東郡の北部、加古川の東岸滝野町(旧滝野町、加茂村)、社町(旧社町、福田村、上福田村)の一千余ヘクタールの美田で、良質な酒造米の産地である。かんがい用水は河川水利に恵まれないため大小百余個ため池に依存しているが、これらのため池は貯水量が小さく地区水田用水量の4分の1を満たすのみで、不足量は降雨または、降雨による河川流水に頼っていた。かんがい期の降雨が不順の年は干ばつの被害をうけていた。  このような現状から古来再三用水源の計画をたて加古川上流(西脇市)に取水堰を設けて加古川の水を導水する案、また、三草川上流五所ヶ谷にため池を築造する案を計画したがいずれも実現しなかった。たまたま大正13年に播州地方は希有の大干ばつに見舞われ、とくに加東郡一帯は被害激甚を極め収穫皆無の地域もあった。幸に農林省で農業水利制度(大正12年、用排水改良事業補助要項)が創設されたのを機に、昭和3年より県営事業として用水補給を目的とするため池の築造に着手した。

(五) 計画の概要  新設ため池は旧福田村「カナクニ谷」(三草川左岸支川)に選定し、型式は土堰堤として築造することとしこれを「昭和池」と命名した。

(1) ため池の構造と規模

(2) 引水路
 昭和池の直接集水面積176haのみではかんがい期前に満水しないため、非かんがい期に図2に示す馬瀬地内の五所ヶ谷(流域320ha)及びトヤ谷(流域180ha)の水を引水することとし、導水路約2.6kaを新設し、最大毎秒1.1m3の水量を引水する。
(3) 幹線水路
ため池の支配面積は1000haとし、その延長約8.1km、内隧道17ヵ所、サイホン工5ヵ所、最大流量を毎秒1.1m3としている。
 以上ため池、引水路及び幹線水路工事はこれを県営とし、末端配水支線その他工事は組合事業として施工する。

(4) 事業費
 事業費は表2のように記録されている。
 この費用負担割合は、国庫補助5割、県費1割5分、地元負担母体である耕地整理組合は残3割5分となっている。
(六) 施設、用水管理団体の変遷と、国営東条川農業水利事業との関係本事業の推進母体は「加東郡北部耕地整理組合」として発足し、完成後は、「加東郡北部普通水利組合」として施設、用水管理にあたってきた。昭和23年、国利東条川農業水利事業の発足に伴い受益地域町村で用転換を図ることになり、25年12月両組は合併した。時を同じくして『土地改良法』の制定により前記組合は土地改良区に組織変更され、26年11月『兵庫県東播土地改良区』として発足し現在に至っている。

(注)1, 昭和池築造経緯等の事績は左の文献を参考として引用した
   耕地整理事業大要 兵庫県(昭和7年4月)、三草山溜池用排水幹線改良事業概要 
※ 本文は、「兵庫のため池誌」(昭和59年発行)第四編各地のため池築造の歴史から一部加筆訂正して転載しています。